November 23, 2006
「罰則」をめぐって(2)
「罰則」をめぐって(2)
私のある同僚は、生徒たちの輪の中に積極的に入っていく、
仲間のように関われるタイプでした。
しかし、そのような検査が実施されるようになってから、
それはできなくなったと言います。
どうしても、生徒を上から統制するような感じになって
しまい、中途半端に生徒の輪の中に入ろうとすると、
逆にギクシャクしてしまう。
だから、あえて今は生徒たちとは距離をとらざるを得ない、
とのことでした。
今回の件では生徒一教師間だけではなく、教師間の関係
にも距離を感じます。
職員会議などで、そのことを話し合おうとしてもあまり
意見が出ません。
多くの教師は、内心では疑問を感じながらも、
「やむを得ない」というとらえ方をしているようです。
現実的に忙しいというのもあるでしょうし、話しても
お互いの立場の違いが際立ってくるだけ、というイメージが
あるのかも知れません。
簡単ではないでしょうが、このようなもどかしさを一つ一つ
解消していくことは、やはり大切だと思います。
より深いコミュニケーションが望まれるところです。
真の家庭より
私のある同僚は、生徒たちの輪の中に積極的に入っていく、
仲間のように関われるタイプでした。
しかし、そのような検査が実施されるようになってから、
それはできなくなったと言います。
どうしても、生徒を上から統制するような感じになって
しまい、中途半端に生徒の輪の中に入ろうとすると、
逆にギクシャクしてしまう。
だから、あえて今は生徒たちとは距離をとらざるを得ない、
とのことでした。
今回の件では生徒一教師間だけではなく、教師間の関係
にも距離を感じます。
職員会議などで、そのことを話し合おうとしてもあまり
意見が出ません。
多くの教師は、内心では疑問を感じながらも、
「やむを得ない」というとらえ方をしているようです。
現実的に忙しいというのもあるでしょうし、話しても
お互いの立場の違いが際立ってくるだけ、というイメージが
あるのかも知れません。
簡単ではないでしょうが、このようなもどかしさを一つ一つ
解消していくことは、やはり大切だと思います。
より深いコミュニケーションが望まれるところです。
真の家庭より
私も罰則はどうかと思います。
外見だけをかえても心が変わらないと本当の意味で
変わったことにはならないように、形から入ることも
時には必要でしょうが、根本に本人の自覚ができている
ことが前提となるのではないでしょうか。
組織でやってしまうと身動きがとれなくなってします
危険性があるように思います。
外見だけをかえても心が変わらないと本当の意味で
変わったことにはならないように、形から入ることも
時には必要でしょうが、根本に本人の自覚ができている
ことが前提となるのではないでしょうか。
組織でやってしまうと身動きがとれなくなってします
危険性があるように思います。
